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「エス・エム・エス マフィア3社が語る『ぼくたちの失敗』」開催しました

11月21日(水)19:00~弊社イベントスペースを利用して「エス・エム・エス マフィア3社が語る『ぼくたちの失敗』」を共催しました。今回はその様子をお伝えします。

<パネラーのご紹介>


◆株式会社ソーラーパートナーズ(http://www.solar-partners.co.jp/

専務取締役 中村雄介氏(以下敬称略)

1976年生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、2000年4月株式会社ゴールドクレストに入社、2004年9月株式会社エス・エム・エス入社後、福岡事業所立上げ、看護師紹介立上げと一貫して人材紹介事業部。同責任者の時にマザーズ上場を経験。2010年4月、同僚の中嶋明洋と二人で環境分野にて複数事業を立ち上げるべく株式会社エコパートナーズを設立し、取締役に就任。2011年株式会社ソーラーパートナーズに社名変更。太陽光発電の制度決定を行う経済産業省の委員会へのデータ提供を行うなど、業界を牽引するべく活動中。


◆株式会社ファーストコネクト(http://firstconnect.co.jp/)

代表取締役社長 宮副俊彦氏(以下敬称略)

1979年生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2001年株式会社ゴールドクレストに入社。ゴールドクレスト退職後、セレブマダム向けファッション誌の編集部でのアルバイト等を経て2004年株式会社エス・エム・エス入社。スタートアップの設立第2期からマザーズ上場、東証一部上場まで経験。約10年間の勤務で10以上の部署を経験する。資格スクールの資料請求サイト運営、WEBマーケティング、人材紹介事業、社員の採用・育成など幅広い業務に従事。2014年株式会社ファーストコネクトを設立し、代表取締役に就任。


◆株式会社コズレ(http://www.cozre.co.jp/

代表取締役社長 田中 穣二郎氏(以下敬称略)

1976年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、2001年三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。在籍中、関連証券会社に出向しIPO支援を経験。2005年(株)リクルートに入社。人材領域にて上場大手企業に対するソリューション営業・マネジメント業務に従事。2011年慶應大学大学院経営管理研究科(慶應ビジネススクール)入学。 仏Essec Business Schoolへ派遣留学。卒業後、(株)エス・エム・エスに入社。営業統括責任者として医療領域の病院コンサルティング部門の立ち上げに従事。2014年より株式会社コズレにて子育て情報マッチングサービス COZRE(コズレ)をスタート。


<司会者のご紹介>


◆株式会社ウェルクス(https://welks.co.jp/

代表取締役社長 三谷卓也

1979年生まれ。東京大学教育学部卒業後、2002年4月富士通株式会社に入社、2006年9月株式会社エス・エム・エス入社後、マザーズ上場から東証一部上場まで経験。2012年1月、株式会社クレヴィスを設立し代表取締役に就任。コールセンター事業を中心とするアウトソーシング事業を運営。2013年4月、第二創業として株式会社ウェルクスを設立し代表取締役として活動中。



第一部:事業構築時に大失敗したこととその克服方法


『機動的な代表変更はベンチャー企業においてはあってもいいかもしれない』

田中:マネタイズをあまり重視せずユーザー規模拡大優先に、サービス開発を始めた結果、ユーザー数は伸びるんだけど、予想よりも早くキャッシュは切れてしまうという状況に陥ってしまいました。

克服方法としてBtoBtoCの構図のBから明確にお金を取るよう腹極めにし、マネタイズをしっかり意識するよう戦略変更しました。もともと自分は代表ではなかったのですが、会社としてマネタイズに意識を集中する局面でBtoBのマネタイズが比較的得意な自分に機動的に代表変更することにしたわけです。取締役の中でも会社として大切にしたいことに一番詳しい人を機動的に代表に変えるという軌道修正がベンチャー企業においてはあってもいいのかもしれないですね。

三谷:キャッシュが切れたときはどうやってしのいでいたんですか?

田中:実は必死にお願いしてその1か月後にVC(ベンチャーキャピタル)さんに資金を入れて頂きました(笑)

三谷:VCさんって相談から調達まで期間としてはどのくらいかかるんですか?

田中:大体短くて2~3か月くらいじゃないですかね?金額やVCさんによると思いますが…ただ、後悔しないようきちんと交渉しながらやることを考えると、半年以上は見ておいたほうが良いのかと思います。もちろん場合によっては銀行から借りるより早いケースもあると思います。

三谷:VCさんから調達すると経営に口出しとか人出しとかされるイメージがあるんですけどどうですか?

田中:VCさんのタイプにもよると思います。正直、口出しというよりアドバイスをすることを売りにしているVCさんもいますし、逆に経営陣の判断を信じて経営を任せてくれるVCさんも多いですね。みなさん共通しているのは「経営陣がやる気をなくしたら意味がない」とおっしゃるので、経営陣としては一緒に熱量高く事業を作っていくことができるVCさんとこそお付き合いするべきかなと思います。

三谷:今は良いVCさんとお付き合いできているということなんですね。田中さんありがとうございました。それでは、つぎに宮副さんに聞いてみたいと思います。


『決まったオペレーションの実施だけではなく、能力開発を実行』

宮副:営業において、きっちりとオペレーションを決めてそれをしっかりと回し続ければ、社員の個人差があまり出ない、計算通りのビジネスにできると思っていましたが、実際は全く違いました。同じオペレーションを回していても、売れる社員と売れない社員との個人差が大きく出てしまったんです。克服方法としては、育成計画や指標、組織デザインなども総取り換えをしました。

三谷:総取り換えで計画を作り直したとのことですが、具体的にどう変えたのか詳しくおしえていただけますか?

宮副:一言でいうと、営業スキルに依存しないという考え方を変えました。もともと、ある程度コミュニケーション能力がある人がこちらの決めたプロセス通りに回せばそれなりの成果が出せるだろうという考え方をしていたのですが、どうしても個別のスキル次第で売れる、売れないの個人差が出てしまったのです。なので、そこを売れるようになるための能力開発というところにエネルギーを注ぐように変えました。

三谷:能力開発に力を注いだんですね。

宮副:そうです。売れるためには何が必要なのかを割りだし、それを期の取り組みとして目標に掲げ、それを人事考課に落とし込みました。それだけが理由ではないでしょうが、しっかりと実力をつけてくれている人が増えたと感じます。

三谷:人事考課に落とし込むということは、プレイヤーが自分で能力開発をしていかないといけないということですか?

宮副:そうです。

三谷:宮副さんありがとうございます。それでは、次中村さんよろしくお願いします。


『ビジネスモデルをチェンジ』

中村:最初は資料請求型のビジネスモデルを考えていましたが、営業活動の前工程の集客にいきなり失敗してしまいました。前職での介護職や看護職の方の集客ノウハウがうまくはまりませんでした。専門職の転職と高額商品の購入プロセスは違ったのだと始めてから気づきました。克服方法として、「太陽光が欲しい」と思う人の気持ちを理解するため、電話をかけてヒアリングを行うようにした結果、思いのほか、相談事や悩みを抱えている人が多いことに気づいたんです。その時、電話で相談に乗ることに価値があるのではと思い、それから成功報酬型にビジネスモデルを変更しました。

三谷:中村さんありがとうございます。それでは次の議題に進みたいと思います。



第二部:組織構築維持に失敗したこととその克服方法


『プロかつ家族からプロチームへの組織変換』

中村:戦力外を出さない「プロかつ家族」である組織を作りたかったので、会社もしくはチーム単位でしかKGIを設定しませんでした。そうしたら気付くと、想定以上にというか想定外に非常にのんびりとした組織になってしまったんです。また、手段が目的化してしまうということが起きてしまいました。克服方法としては、ちゃんと個人ごとのKGIを置くようにしました。のんびりとした組織を変えるのに3年~4年はかかりましたね。

三谷:3~4年かけて今は競争できる組織になったんですね。

中村:そうですね。ただ、ストイックさみたいなものはあまりないかもしれません。成果をださないといけないよねという文化はやっと育ったかなと思っています。

三谷:それはどうやってやったんですか?のんびりとした組織が3~4年で戦える組織になったんですよね?その方法、ぜひ教えてほしいです。

中村:KGIを設定し、それにつながるためにどういうKPIがあるのかということをちゃんと説明するようにしました。最初はうまくいかなかったんですけど、のんびりとした組織を知らない新入社員が増えていくことによってだんだんと戦える組織へと変わっていきましたね。併せて、最初に掲げた「プロかつ家族」の組織も辞めて、「プロチーム」の組織作りに励みました。

宮副:「家族」を消したっていうのは退場もあり得るよっていうことですか?

中村:ちがいますね。毎月一回理念研修を行っているのですが、さらに毎年一回理念の見直しを社員で行っていて、その時に社員から「家族」って考え方がよくわからないって上がってきてたんです。経営陣は「プロかつ家族」としていたのはプロであることが大前提で、でも家族的な要素はしっかり残していきたいねという考えだったのですが、いつのまにか「家族」だけが一人歩きしてしまい、果てには、たまにそれは「プロ」としてどうなの?というような指摘をすると、家族になのに厳しい、酷いみたいな捉えられ方をするようにまでなってしまいました。そもそも戦力外を出さないという我々経営陣の考えというか取り決めみたいなものを具体化した言葉だったので、それは社員達がバリューとして気にかけるべきものではないなという事になり、「家族」という言葉を無くしました。その代わり社員が皆で意見を出しあい「プロチーム」に変更しました。

三谷:中村さんありがとうございました。次に宮副さんよろしくお願いいたします。


『個人ベースで理解・ケアしてあげることの大切さ』

宮副:他社と比べ、給与的にも働く環境的にも水準以上のものを用意するようにし、その結果業績が伸びてきたので、社員の不満はないだろうと思ってしまった時期がありました。何をもって一緒にやろうと考えてくれていて、何をもって今この会社で働こうと思ってくれているのか個人ベースでちゃんと理解してあげてケアしてあげることを怠ってしまっていました。

これがダイレクトにつながったかは分からないですが、結果的に、会社を去って行ってしまう方が少なからずいました。シンプルに楽しいスタートアップの時期って本当に短いんです。そこから先は苦しさを感じながら楽しむという時期に入るので、一定の社員の離脱は仕方がないという思いと離脱を防げたのではないかという思いの両方があります。

スタートアップでコアメンバーが抜けていくのはよくあることです。宿命なのかもしれないと思う一方で避けられたんじゃないか、避けられなくても後悔せずにすんだ方法があったんじゃないかと思うところがあります。

創業時のコアメンバーであるマネジャー層から退職者を出してしまったので社員はすごく動揺していました。そういうのも含めて、もっとうまいやり方ができなかったのかなという後悔の思いがあります。

正直まだ克服できていないので、受け入れなくてはならない一方で未来を変えられるように何がやれるのかを一生懸命考え続けることが必要だと思っています。

また、自分としては丁寧な手順を取ってコンセンサスと取ったつもりでも、社員は納得感をもって決定を受けいれていないということがありました。

まっとうな判断をしてしっかりと説明をして、その時はみんな納得してくれたはずなのに、実は納得していなかったり、当時は納得していたけど今は納得していないと言われることがありました。

経営陣レベルであっても、僕は全員が同じ方向を向いているつもりだったのに、実はそうではなかった。ということがすぐ起きてしまうんだなと思いました。中間管理職の時は上司と陰口を通して方向性を一致させることができていたのに(笑)、いざトップとなるとすごく難しいなと思いつつ、まだ克服できていません。

三谷:克服できていないとのことですが、克服する必要性ってあるんですか?

宮副:「どう頑張っても克服しきれない」と考えなくては自分がやっていられないと思う部分と、「しょうがない」の一言で割り切るべきではないなという2つの考えがある状況です。

三谷:わかりました。ありがとうございます。最後に田中さんよろしくお願いいたします。


『個人個人の少しの認識のズレにより生まれる組織の壁』

田中:宮副さんとかなりかぶっています。(笑)やっぱり僕と役員陣の壁っていうのは常に感じますし、役員陣で語っていることと、従業員との壁もあります。組織拡大のフェーズでは仕方がないことかもしれないという考え方もあります。

会社の歴史のなかで一緒に喜び泣き笑い合ってきた社歴の長い人と中途入社で参加いただいた人で認識のズレが生じてしまうこともあります。また、組織拡大の中で、今までなかったポジションをどんどん作っていったので、そのポジションに対する理解の違いという点も背景として挙げられます。

例えば、新しいポジションを作った際、僕の考えているそのポジションにおけるミッションと経営陣の考え方は大体同じなんだけど、役員陣の間でさえ微妙に認識が違ったりするんです。その微妙な認識のズレが従業員レベルに落ちてくると、全然違うとらえ方に変わってしまったりするんです。その結果、実際にそのポジションの人材が外部から入ってきたときに、僕の要望と役員陣の要望と従業員レベルでの要望が違ってしまっているということが起きます。僕は何回かこれを経験しました。これに関して原因を探ってみると、原因は結局社長である僕にあるのかなって思うところが多く、悩み続けています。まだ克服できていません。

もう一つ失敗だったなと思うのが、特に創業期には目標と権限が分離してしまうような環境であったため、目標は大きく負わせるが、決定権は小さいことのギャップからとても優秀な社員が覚悟を決めて入ってきてくれても退職してしまう事態が発生しました。

原因として、いままでは役員陣が仲がよかったので個としての配慮を気にする必要があまりなかったのですが、その下のポジションに来た新しい人に対しても個としての配慮ができなかったことがあげられるかと思います。その人に対して、権限はすごく少ないのに、目標は大きなままで成果を求めるという環境を生んでしまいました。

この2点の克服方法として、ちゃんと理解させる、全員の認識がずれないようにちゃんと話す、ゆくゆくは、はっきりとした基準を作り続けて、それを浸透させていくということが大切なのかと思います。僕自身がブレないというのはもちろんのことですが、組織としてそういうことをやっていかないと成長できないし、外部環境の急激な変化にも組織として対応できないなと思います。

三谷:ポジションへの役割や理解を共有できなかったことへの解決策はあるのですか?

田中:そこに関しては、「こうだ」と役員陣で決めてしまうことが大切で、それをしつこく言っていくということだと思ってます。その回答自体も本質的に正しいのかという点も意識することが大切で、少しでも違うとなれば、社員の理解を得ながら回答を修正し続けていくということを大事したいです。

うちの会社は私をはじめ天才のいる会社ではないと思っているので、一発でうまくいくことをやるって本当に難しいと思うんです。なので現場の理解を得ながら、何回も修正していくということの繰り返しが大切なんですよね。なぜか自分の組織に対しては「みんなわかってるでしょ」と甘えがちになってしまうんですよね、お客さんに対しては絶対にそんな甘え方はしないのに。(笑)

三谷:田中さんありがとうございました!



第三部:質疑応答

Q:エス・エム・エスはなぜ急成長したのかの考察と、当時の経験で今に活かしていることがあれば教えてください。

宮副:エス・エム・エスがこんな大きな会社になるなんてこと、考えていませんでしたね。想像のはるか上のレベルで企業の成長が進んでいきました。マーケットの目の付け所が良かったし、本当に優秀な人材が若いうちに集まってきました。献身的に身を捧げて、自分自身も成長したいという強い意志を持つ人材が本当に多く刺激的でした。ただなぜそうなったかのメカニズムはわからないです。理由がわかったら活かしたいけど、正直よくわからないというのが本音です。

中村:僕は年齢が大きな要因だったと考えています。ほとんどの人材が20代のうちに入社していて、怖いものがなく、なんでもできるし成長スピードがとにかく速かった。30歳過ぎてから入社していたら、恐らく同じようなことはできていなかったかもしれない。最初のコアメンバーは諸藤さんの前職繋がりでの採用ですが、あれば皆30代とかならばやはり家庭は持ち出していたり、報酬が下がることもなかなか許容しにくくなっていて、あれほどポンポンと仲間が集まることはなかったと思います。

宮副:会社の成長曲線がどうなるのかとか、先のことを考えている人はあまりなくて目の前に置かれた数字をただただ追っていたように思います。

田中:劇的に変化した瞬間をどこと捉えていらっしゃいますか?

宮副:表面上はIPOのタイミングでものごとを整理したことが背景として考えられますが、僕は代表が後継者を意識するようになって変わったのではないかと思います。また、IPO後になってベンチャーベンチャーした若者が集まっていた集団にそうではない人が増えてきたことで会社が変わっていったのかもしれません。

中村:僕もさらに大きく変わったのはIPOがきっかけなのではないかなと思います。IPOまでは私ももちろんそうですが、事業の事を考えられているのは経営陣以外にいなかったと思います。それほど圧倒的に外部環境が良かったです。恥ずかしながらもIPO直前に事業部長をやっていた時も、そもそも外部環境を考えるということすら無くて、内部改善すればよいという環境でしたね。一部の事業は内部改善さえ必要なかったです。とにかく採用さえすれば、売り上げが伸びていくという状況でした。IPO直前の時期は、1週間の半分以上はただただホテルに缶詰めになって採用活動ばかりしていました。

宮副:リーマンショックの後でかなり人材の採用ができましたよね。

中村:なので、諸々運がよかったの一言に尽きるのかなと。ただ、今冷静に振り返ってわかるのであって、その他競合もあのタイミングなら同じようにできた筈なのにしなかったし、できなかったというのが諸藤さんはじめとするSMS経営陣とその他の違いだと思います。

三谷:診療報酬の改定があって、ナースが必要になるタイミングでナースの紹介をしていたところが大きいかと思います。そのタイミングでその事業をやっていたという運の良さ、それに対してアクセルを踏み込むという強さが急成長を起こしたのではないかと振り返っています。

Q:能力開発や成長意識について自分自身では難しい部分があって、ファーストコネクトではどう意識や管理をされているのかお聞きしたいです。

宮副:従業員にとっていい経営者、尊敬され続ける経営者であり続けなければいけなくて、そのための努力は惜しまないようにしようというのはあります。どういう方向に向かって、どういう努力をしたらそれが叶うのかというのは後から考えて、半分はやってみてわかることとか、うまく言えないこともあるのですが、例えば、「年間ビジネス誌を100冊読むようにする」みたいなことを一つ決めるとか、「普通に仕事する上では接することのできない人と強制的に接していこう」と決めるとか、自分に足りていないことを探しに行かなくてはならないと考えたりしますね。

自分の能力開発にコミットしてくれる上司はいなくなるので、いかに「成長しなければいけない」と思える環境を自分で作るかというのは大きなポイントなのではないかと思います。僕の場合は、そういう努力をし続けないと、社員に失礼だよねという考え方を根本に持ってくることで成長のモチベーションを作っています。

なにができると優秀な経営者なのかとかはよくわからないですが、僕は組織をよくするということに最も重要な指標を置いていて、そのために社会的に価値のある事業をやろうとか、その事業をやり続けるために収益を出せるようにということを考えています。自分自身、こういう経営者がいい経営者なんだっていうのはまだ見えていないですし、良い経営者なんて人それぞれなのではないかとすら思いますけどね。


参加された方からは、次回開催を望む声が多く挙がってきました。

ご参加いただいた皆様、お忙しい中ご来場いただきありがとうございました!

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