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【メンバー紹介 vol1.(前半)】11ヶ月で年商6億の事業へ - 経営メンバー籔本が事業失敗から学んだ経営哲学とは

起業後11ヶ月でmixiグループに売却。しかし燃え尽きて一度は起業から離れる。その後立ち上げたのがこの『モスティープレイス』。経営メンバーの籔本がここに掛ける想いとはー


『楽観的に発想し、悲観的に計画し、楽観的に行動する』

大学一年である有線放送会社の営業でアルバイトをしていた籔本。売れば売るほど稼げることに魅力を感じて始めたものの、半年経っても全く契約が取れなかったという。一方、営業成績1位の人は23歳の先輩だったのをみて籔本は「23歳の人が1位取れるなら自分でも1位が取れるはず」と奮起し、寝食を忘れるように仕事にのめり込んでいった。それから半年後、籔本はついに営業成績1位をとる。正しい努力を死ぬ気でやると結果が返ってくることに「商売って面白い。本格的にビジネスをやろう。」と感じたという。この時感じた『事業作りの面白さ』が籔本の起業家人生を決定づけるものになる。

当時、関西にいた籔本は成績優秀者として有線放送会社の経営陣に東京へ呼ばれることになる。そこで藪本は事業作りのノウハウを学び、起業家の先輩たちとのつながりを得たのちに再び関西へ戻り最初の起業をする。19歳の籔本が立ち上げたのは移動式のスムージー販売。ただし楽観的な見通しで進めたため、トラブル続出。1年足らずで自己資金が底を尽きてあえなく事業撤退することになる。この失敗を通して籔本は『楽観的に発想し、悲観的に計画し、楽観的に行動する』という自身の経営哲学の軸になる考えを身をもって学ぶ。



高校時代はプロを目指していたほどサッカーを愛している籔本。大学でもサッカーサークルに所属し続け大会にも積極的に参加。しかし、参加する大会が盛り上がりに欠けているところをみて「自分たちならもっといいものが作れる」と、友人と一緒にサッカーサークル向けの大会を主催する運営を設立。(このときの団体名が「Mosty-place」だったという)。サークルの大会でも事業作りに通ずることが多いと感じた籔本は本気で運営に励んだ。その結果、主催した大会は関西の19大学を巻き込み、大成功に終わる。

そんな波乱万丈な大学生活を終え、籔本は卒業後、商社に就職。しかし「商社の中で勝つには20年かかるし、それでは遅すぎる」と感じ、たったの1ヶ月で退職。その後「IT業界なら本気でやり抜けば勝てる」と当時流行していたグルーポンビジネス会社に営業として入社。

そんなある日、会社の先輩に誘われて街コンに参加した籔本は、いいビジネスだと思った。しかも当時の街コンは市場が伸びそうなのにどこも運営が弱いと感じた。「自分たちの方がこの業界でいいビジネスが出来る!」そう確信した籔本は街コン事業の立ち上げに動き出した。

2度目の起業。そしてmixiグループへの売却。

事業はスピード感が大事だと感じていた籔本は、次の日には友達呼んで企画書作成。一週間後には付近の飲食店と提携を取り付けることに成功する。そうした籔本の行動力により、開催した街コンは大盛況に終わる。会社で働きながら、「副業で1,000万貯まったら事業拡大させよう」とぼんやり思っていたら、わずか10ヶ月で年商4,000万まで事業が急成長を遂げてしまう。副業で運営をしていたが、本腰を入れようと本格的に結婚支援事業を行う会社を起業をする。

結婚支援事業は全国で展開し、あっという間に年商6億レベルまで成長。当時、海外では街コンや婚活マーケットが空いており、中国への展開が決まっていたが、自分たちだけでやるには、資金や時間が足りないと感じていた。そこで籔本は、さらなる事業成長のために2013年、ミクシィグループへ売却する。


事業を売却し、成功者としてのキャリアも手にしたかに見えた籔本。しかしその後、待ち受けていたのは「燃え尽きた2年間」だった。ー後編に続く

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